猫の新演出版CDで心が打ち砕かれたオタクの心の拠り所はアグラバーしかありません。私は舞台の刹那性を大切にしたいからCDやDVDには頼らないんだ…
泣いてないよ?(涙拭きながら)
というわけで私は今日も足繁くアグラバーに帰るのですが、というかちょっと帰りすぎました。
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泣いてないよ?(涙拭きながら)
というわけで私は今日も足繁くアグラバーに帰るのですが、というかちょっと帰りすぎました。
続きを読むキャッツが今日で10000回を迎えたそうです。10000回だよ!すごいね!ジーニーもびっくり!(突然の魔人)
永遠のロングランなんてないんだから、、そんな台詞がコーラスラインに出てきます。きっとキャッツもいつか遠い未来に忘れ去られる日が来るかもしれません。だけどこれほどファンから愛されているキャッツという物語、ミュージカルという文化が続く限りは永遠に上演され続けてほしいと願って止みません。
え、チケットですか?今は仕事の昼休み中にこれを書いてるんだ、察してくれ。
ちなみにこれは負け惜しみなのですが平日マチネとか休むの大変だからむしろ外れてくれた方がありがたいし…
私が初めてキャッツを観てからまだ9年くらいしか経っていませんが、それ以前から上演されてきた歴史が積み重なって今私たちが観ているキャッツがあるのだと思っています。だから観ていない昔のキャッツも含めて私はこの作品を愛している!って言いたいな。
思えばキャッツと一緒に色々なところに行きました。
福岡も静岡も仙台も、遠征で初めて訪れた。観光もたくさんしたし。マチネ前に城巡りとかしたし。札幌なんて毎月行ったし。キャッツのおかげで素晴らしい土地に巡り合えたんだよね。楽しかった。微力ながら経済も回した!(自分で功績を増やしていくスタイル)
キャッツを人間賛歌の物語として受け止めるには私自身の人生経験は浅すぎるのだけど、メモリーを聴いてそこから受け取ることができる感情は人並みにはあります。
ジェリクルキャッツのような誇り高い生き方ができなくても、グリザベラほど人生に絶望していなくても、キャッツに登場する猫たちの生き様からほんの少しでも感じるものがあれば、キャッツというミュージカルは何倍にも楽しくなると思う。
あらためて、10000回おめでとうございました。
これからもこの素晴らしいミュージカルが末永く上演されますように。
ありしひのおもいで。
ところで10000回を記念して、マイベストキャスト(雄猫編)書きます(唐突!)
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めちゃめちゃ楽しかったし、めちゃめちゃ泣いた。
◎ベンヴォーリオ(ロミオ&ジュリエット)
とりあえず推しのベンヴォーリオ観を聞いてくれ。
平方元基「ベンヴォーリオがいたからこそ3人で仲良くやってこれたと思う。ベンヴォーリオは何事にも一歩引いて、周囲の出来事全てを冷静に見ている人間なんですね」
これだよ!
昨今のロミジュリ演出、ていうかイケコという公式との解釈違いを起こして死んでいる私にとって推しベンヴォーリオの言葉が染み渡るのは言うまでもない。
ロミジュリの若者キャラの中で一番影が薄い(と言われる)ベンヴォーリオ。
言わずと知れたイケメン悲恋担当ロミオ、壊れた若者だけど人一倍友達想いのマ―キューシオ、孤独と虚しさを抱えながら従姉妹を愛し続けるティボルト…
とまあやたらキャラ立ちした3人がいるため、常識人であるベンちゃんの魅力が伝わりにくいのは仕方がないかもしれない。
それじゃあ何がいいかって?
『一人だけ生き残る』
これに尽きる。乱闘の中で敵対するティボルトに刺されて死んでしまうマーキューシオ。親友が刺されて我を失ったロミオに報復され息絶えるティボルト。ジュリエットが亡くなったと勘違いして絶望のあまり死に囚われてしまったロミオ。ロミオの死に涙を流し共に逝くことを決めたジュリエット。
ベンヴォーリオは殺し合うマ―キューシオとティボルトを必死に止めようとして、ロミオが茫然自失に陥ったときも取り乱さず、未だ争うモンタギューとキャピュレットの間に入り、ジュリエットが亡くなったことをロミオに伝えることができるのは自分しかいないと深く葛藤する。
そんな奮闘も虚しく親友たちは全員死亡し、一人だけ取り残されて生きていくことになったベンヴォーリオ。だけど彼は最後まで折れることはない。
敵対していた大人たちが手を取り合い、ベンヴォーリオが中心となって歌うフィナーレを見ると、残された彼はこれから待ち受ける苦難を乗り越えてロミオとジュリエットが望んだ平和なヴェローナを築いていくことができる、だれよりも失う痛みを知る人間だと思うんだよね。
ちなみに推しベンちゃんこと平方ベンちゃんはかなりの苦労人なので、過労で胃がやられたりはするかもしれません。がんばれ平方ベンちゃん!負けるな平方ベンちゃん!
◎ラウル(オペラ座の怪人)
推しラウルの発言をちょっと聞いてみてくれ。
「縄を切られた後は新しい3人の関係になってるんです。指輪をクリスが渡しに行く時はすごく辛いけど、3人の間に絆が出来ている。だから、クリスが自分のところに戻ってこないんじゃないかという不安はありません!」
「船を漕ぎながら泣くこともある」
たはーーーーっ(ハンカチを握りしめながら)
クリスを一途に愛し殺人に走る哀れな怪人ファントムとの対比として、イケメン子爵様として描写されているラウル。だけど可哀想なファントムからクリスを掻っ攫う鼻持ちならないライバル。そんなイメージが付きがちなラウルだけど、まあ彼がどんな想いで最後に彼女がファントムに指輪を渡しに行く姿を見送ったのか考えてもみてほしい。ファントムとクリスの間に芽生えた自分が死んでも入ることができない音楽という名の絆が確かに存在した。だけどラウルはファントムと触れ合って悟ったのだろう。それすらも含めてクリスを愛し続けていくと。
そんなラウルの孤独を最大限に表現してくれる推しラウルこと涼太ラウル、パーフェクト子爵様だと思いません???
LND?知らない子ですね
◎アラジン
これ以上何を語る気だお前???という感じなので軽くアラジンを推しにするメリット
・出番が多い
主役だから当然ですが多いです。
・ソロが多い
ソロ曲:逃げ足、POYB、POYB(1幕フィナーレ)、POYB(リプライズ)
デュエット:ホルニュー、サムバディ
ソロあり:ダイヤの原石
・台詞が多い
主役だから(ry
・1幕はほぼ半裸
ジャファーにも身体を褒められるぞ!アラジンを推しにして筋肉を見よう!!!
・多彩なアドリブが楽しめる
四季にあるまじきフリーダムなミュージカル『アラジン』をよろしく!
…よろしく!!
お前の根気が足りないだけとか言うなよ!
こんなことを書くとミュおたを敵に回しそうなんだけど個人的な意見として、日本のミュージカルは役者オタありきになりすぎてない?と思っていて。
というのも、最近ミュージカルのチケットが本当に取りづらくなったなと感じています。
5年くらい前まではレミゼもエリザもわりと楽々取れたんだけど、ここ3年くらいナビザ先行は一度も用意してもらっていません。仕方ないから各種プレイガイドとかも利用するんだけどなかなか取れない。ようやく1枚確保して安心したりする。
ところで私も推し俳優のFCに入っているんだけど、彼が出演する舞台をFC枠で申し込むとほぼ確実に用意してもらえる。でも推しが出てない舞台だって見に行きたいわけで、そういうときは本当に苦労する。チケットが取れない。席を選んでいられない。観たい舞台が観られない。努力が足りないと言われたらそれまでだし、当日券に並ぶような気合はない。でももっと気軽に見に行ける環境がほしい。
そこで思ったんだけど、役者オタを優先させるFC枠の存在ってミュージカル文化を浸透させるうえで大きな弊害になってない?ということなのだ。
たとえばレミゼはプリンシパルだけで9人いるんだけれど仮に各公演俳優1人につき30席割り当てられているとしても270席だよね?50席なら450席だよね?アンサンブルも加えて+200くらい見積もるともしかしたら600~700席くらいはFC枠で取られるんじゃ…?実際割り当てがどれくらいあるかはわからないのであくまで推測なのだけど、帝劇1800席のうち1/3がFC枠で占められているとしたら、一般人は取りづらくなるわけである。
帝劇なんて箱が大きいからまだいいけど、箱が小さければ更に悲惨だ。まだ記憶に新しい昨年末のスリルミーなんて250くらいしか座席がないので戦争と言うほかなかった。出演者2人だからFC枠はまあそこまでじゃないかもしれないけどそれでも250席の中で50でも割り当てられてたらそれ以外の席を巡って血で血を争う戦いになる。「このミュージカルちょっと気になるな」程度の一般層がそこに付け入る隙は殆どない。
最近ミュージカル俳優がどんどん映像方面にも進出していて、音楽番組でミュージカル特集を組むことも増えた。ミュージカル文化を一般層に浸透させたいという業界の強い気持ちが伝わるし、ブロードウェイやウェストエンドのように観光客を始めとした普段はあまりミュージカルを観ない人たちにも受け入れてもらうことは、ミュージカル業界の発展のためにも喜ばしいことだと思う。
だけどどんなに新規を取り込もうとしてもチケットが取れなければ意味がない。私はこのチケットの取りにくさに日本人の気質も関係しているのではないか思うのだけど、凝り性になりやすい日本人(つまりオタク)は気に入った作品、好きな俳優が出ている作品を何度も観に行く。そのために俳優のファンクラブに入って持てる限りの気力とお金で何公演も抑える。
その結果、一般発売のころにはもうチケットは殆ど残っていないんですよね。新規客が入りづらい環境が慢性化しているなと感じるわけです。
自称ライト層()の私ですら取れないんだから、一般層まで浸透するはずないよねってお話でした。
FCって本当に有難い存在なんですよ。私だって大いに助かってる。でも、それでいいの?って時々思うし、やっぱり役者オタありきになりすぎてない?
最近は高額転売を取り締まる動きも活発化しているけど、チケットが取れないせいで普段ミュージカルを観ない一般層は軽率に高額転売に手をだしがちなんだよね。(実際この間職場の先輩が買おうとしてたので)もちろんテンバイヤーが悪いことに変わりはないけど、高額転売を利用してしまう状況を防ぐためにも、日本ミュージカル界のチケットの売り方を見直してほしいなあと思うわけである。
(そもそもチケット購入の手段が多すぎるのも問題では?FC先行、カード会社先行、プレイガイド先行…最速先行ってなんなの?統一してくれ)
私は海外ミュはウエストエンドでしか観たことがないけど、当日券も少し並べば手に入るし、わりと直前でもいい席取れたりするので不便に思うことはなかった。ミュージカルが観光産業の一つとして成り立っているため、日本ミュージカルとの根本的な差異を実感した。客層も全然違ってて、観光客や年配の夫婦が多かった。たぶん海外の形態に一番近いのが四季なんだろうね。一般層からしたらミュージカル=劇団四季であって、一番チケットが取りやすいイメージがつくのは仕方ないんだと思う。
っていうチケットが取れないおたくの独り言でした。以上。