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アラビアンコースト

共感性に反比例する圧倒的な魅力に打ちのめされるエンターテインメント。『アルトゥロ・ウイの興隆』2020/1/15S @神奈川芸術劇場

剛くんの新作舞台、『アルトゥロ・ウイの興隆』を観てきました。

 

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心のふるさと、KAATです。マンマの看板がまぶしい。
(ちなみに半年ぶりのKAAT、ワインがまた値下がりしました。ヤッタネ!)

 

 

 

人類の長い歴史の中で為政者により数多の残虐で非道な所業が振る舞われてきたことは目を逸らしてはいけない事実であるという道徳観念を前提にしたとしても、凄惨な事実からは目を逸らしたくなるのもまた正しい人間の感情であること変わりはありません。臭いものに蓋をしたいわけではなく、ただ辛くて哀しいという単純だけど強いストレスになりがちな感情が生まれるからです。
私が戦争映画や歴史物の舞台をあまり好まない理由もそこにあって、日常のストレスを忘却の彼方に置くためにエンターテイメントを求めているのにその過程でより強いストレスを感じたくない。現実が決して優しい世界じゃないのに何でわざわざ更に辛い世界を体感しなくちゃならないんだ!!!!

 

今回観劇してきたこの『アルトゥロ・ウイの興隆』は、アドルフ・ヒトラーが独裁者として上り詰めていく過程をシカゴのギャングの世界に置き換えたドイツ演劇です。
凄惨すぎる歴史的事実をシカゴギャングのボスが八百屋業界を牛耳るという極めて限定的な世界に落とし込み、ダンスとジョン・ブラウンのファンクミュージックという煌びやかな世界観で覆うことで見事に現実味を薄れさせ観賞後感を軽くしてくれます。私のような舞台にエンターテイメントを求めがち人間を「アルトゥロ・ウイがやっていることはめちゃめちゃ非道だし全く共感できないけれど、まあでもノリが軽いしフィクションだからそんなに辛くないかも」という錯覚に陥らせてしまう。その人間心理への作用に見事に乗せられてしまうのが凄く悔しい。


とはいえ決して軽いわけではなく、ナチスプロパガンダを随所に感じさせる演出に驚かされた舞台でした。
ヒトラーがどのようにして権力を持ち、誇示できるまでに至ったか、それはマスコミュニケーションという強大な武器を手にしたからだと言われています。ヒトラーは著書にて『孤独を感じる人間が、集会において思いを同じくする者が周りに何千人といれば、何かを探す者として有無を言わせぬ感激の巨大な効果になる』と書いているのですが、『アルトゥロ・ウイの興隆』においては、舞台上で行われるウイたちの熱量が籠った歌唱及びダンスパフォーマンスが披露されるたびに、その他の演者たちが客席降りをして観客に手拍子を煽ります。ウイがシカゴの八百屋たちを掌握するための演説をするシーンでは八百屋に扮した演者たちが客席に降りて、観客の横に座り演説を聞いたり声をあげたりするんですよね。観客はこの舞台を観るために集ったという点でヒトラーが言うところの「思いを同じくしている」群衆になってしまっているわけです。


アルトゥロ・ウイは当然ながら冷酷無慈悲でバイオレンスで自己中心的な悪の権化であって、そこに共感性が入る隙は一瞬もありません。その一方で巧みに弁舌を振るい絶対的な自信と行動力で人々を魅了していくカリスマ性を持ち合わせています。また近しい人間に稀に見せるコミカルで人間らしい一面が観客≒群衆を陥れる要素にもなっているんですよね。ヒトラーもまた人間的な一面を提示することで神格化を抑える手法を利用したんですよね。ヒトラーを絶対悪と言い切ることは簡単だけれど、彼がどうして人々を惹き付けていったのか、「群集心理」というどの時代においても普遍的に人間の中に存在する要素について考える入口にもなる作品だと思います。

 

私はクサナギツヨシは滑舌が良くないこともあって決して舞台向きの役者ではないと思っているのですが、「舞台向きではない」というハンデすら凌駕してしまうほどの舞台の真ん中で輝くオーラを持っているのもまた事実なんですよね。クサナギツヨシとアルトゥロ・ウイに共通点なんて1ミリもないと思うじゃん。だけどこの役は理屈ではない求心力を持った俳優じゃないと演じられないと思うし、白井さんもだからこそ剛くんを起用してくれているのだと考えています。
今まで俳優としてのクサナギツヨシを沢山見てきたのだけど、一番近かったのは昔スマスマ特別篇で放送されたドラマ『サランヘヨ・愛の劇場&愛の歌』に登場する韓国人青年の役じゃないだろうか。あのドラマは素晴らしかったな。もう観られないんだけどね。

 

3時間超の長丁場でありながら、戦争や悲惨な歴史的事実といった人間の負の側面を知ることに苦手意識を感じてしまう人こそ観て欲しい舞台です。2月2日まで上演中!当日券もあるのでオススメです。