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アラビアンコースト

あのときの1回は、もう二度と来ない1回

舞台を観に行くオタクは、きっと多かれ少なかれ舞台というジャンルの刹那性を愛しているのだと思っています。

もう6年ほど前、私の好きな俳優さんがある作品でデビューしました。私がその俳優さんを好きになったのはそれから2年後のことなので当時は意識せず、偶然にもチケットを持っていたのでデビュー公演を観られたわけです。
当時を思い返すと、私はその人の演技にかなり惹かれたらしく熱い感想を残していました。たぶんすごく好みだったんだろうね。ただ顔がいいとは言ってなかったです。健全ですね!
そしてまた観たいと思ったし観られると思っていたのですが、あれから6年経って、作品自体も何回か再演される中でその人がその役で出演したのは私が観たデビュー公演含めて3回だけです。


3回です。


そのうちの1回、しかもデビュー公演を観られた私は運が良かったというほかありません。


それから1年半後、ある作品で私はその俳優さんにハマったのですが、推しといえる存在になってからもかつてのその1回が忘れられません。
またあの役を観たい、今ならもっと色々な楽しみ方ができるし細部まで観る自信がある。そう思い続け何年も時間が経ちました。


もしかしたらこの先再演でまたその役を演じてくれるチャンスはあるかもしれないし、二度と観られないと決まったわけじゃない。


だけど、最近思います。
1年以上に及ぶコロナ禍でもはや日常は日常ではなくなりました。
長らくの休演を経て、上演するための対策を模索して、そこに至るまで関係者の方々の多大な苦労があって、段々と新しい形になりつつあった舞台というジャンルでしたが、1人感染者が出れば全ての公演が中止になる可能性もあって、実際にそういう光景を何度も見てきました。オタクが悲しくて悔しいなら、その舞台に関わっている全ての人たちはもっと悲痛な気持ちを抱えて毎日過ごしていると思います。
でも、観客である私たちだって自分が明日どうなるかなんてわかりません。先が見えないのは誰でも同じなのだと思います。


話は変わって、2.5界隈のキャス変という言葉は再演でそのキャラクターの俳優が変わることを意味すると知ったときにはミューオタは耳を疑ったものです。
いやそれ、再演でキャストが変わる…



普通じゃん!?!?!?



四季だろうが東宝だろうがホリプロだろうがミュージカルのオタクは再演が発表されれば喜び、そして推し俳優が今回はキャスティングされていないと知れば悲しみ、そしてまた新たなキャストにハマり、幾度もその悲喜こもごもすら舞台の刹那性として楽しんできたわけです。楽しくないって???見栄くらい張らせてくれ!!!
ちなみに、ミュージカル界隈において一番過酷なジャンル四季では前日キャス変どころか当日キャス変もザラ、劇場に到着して初めてキャストが変更したことを知るなんてこともまれにあるので四季のオタクは舞台が如何に水物で儚い泡沫の夢のような存在であるのか一番その身をもって熟知しているかもしれません。




このご時世において、私はあのときの1回を度々思い出すようになりました。
もう二度と来ないあの1回はミュージカルを、舞台を好きになってよかったと思える1回でした。
昨日の1回も、今日の1回も、そして明日の1回も、きっと誰かに取って特別な1回なのだと思います。




あのときの1回、皆さんにもありますか?




私のあのときの1回を当てられた人には金一封!

映画版『キャッツ』は猫オタ的には最高の実写映画化でした(ネタバレ)

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原作リスペクトに欠ける実写化を生み出し続ける昨今のディズニーに幻滅した私にとって、トム・フーパーへの信頼が絶大なものになった実写版のキャッツ。
そうですね、残念ながら世間の評判はすこぶるよくありません!!!!!!!
そもそもダンス演目であるこの作品、ライオンキングのように本物の動物を使って撮影してしまえば「人間が猫に扮してダンスで猫という生きものを表現する」という作品の最大の魅力が損なわれてしまいます。舞台という限られた表現しか出来ない場だからこそ輝くミュージカルであって、実写映画化にはとことん不向きなのです。実際、映画館の大スクリーン上に表示される猫のような人間たちが本物のロンドンの街角で猫として踊る姿はシュール以外の何物でもありません。


だけど私は言いたい。
映画版『キャッツ』は最高の実写映画化であったと。
ありがとうトム・フーパー
お布施で英国王のスピーチの円盤買うぜ…!!!(円盤を買うことで応援していると勘違いしがちなオタク)



アメリカでは映画評論家や記者に酷評されたことを皮切りに、インターネッツ上でも感想大喜利が繰り広げられている映画猫ですが、そもそもキャッツという作品自体絶大な人気を誇り続け30年以上ロングランを続けている国は日本だけですよね。
本国イギリスですら今はロングラン公演していない。
私は日本のキャッツ最大の魅力は猫たちのかわいさにあると思っていますが、どうやら世界的にもビジュアルのかわいさは評価を受けているそうで。日本人特有のオタク気質、いわゆるキャラ萌えという概念にぴったりと合致するミュージカル、それがキャッツです。
つまりオタク向けミュージカルなんだよ!!!!



※非オタの有識者によるコメントの一部抜粋


ロサンゼルスタイムズ記者
「キャストが『幸せって何かを思い出した』と歌っていたが、劇場の出口の光を見たときにも同じことが思い出せるはずだ」


The Beat記者
「キャッツはゴミ映画である。」


SlashFilm記者
「バカと天才は紙一重というが、キャッツとはその紙の上に毛球を吐き捨て、それをケツでなすりつけてくるような映画だ」



さすがに酷くない??????
お前らの血は何色だ????罵詈雑言にも限度ってもんがあります。
これサッカーの試合だったら一発レッドやぞ。


猫たちが万人受けするビジュアルではないという点を差し置いても、物語や楽曲に関しては舞台の雰囲気が全く損なわれずに再現されているため、ビジュアル以外の面を批判するということはもはや『キャッツ』というミュージカルそのものが受け付けないということになります。
万人受けする話でもないし受け付けない人がいるのは仕方ないのですが、キャッツの舞台ファンでもあるトム・フーパーのキャッツ愛が充分過ぎるほどに伝わってきたこの映画に対して、舞台版をひとかけらも知らないような人たちの「俺たちは映画通だから何言ってもいいんだぜ!」みたいな雰囲気はかなり胸糞が悪かったです。
何がキャッツはホラー映画だよ。ホラーなめんじゃねえぞ。

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共感性に反比例する圧倒的な魅力に打ちのめされるエンターテインメント。『アルトゥロ・ウイの興隆』2020/1/15S @神奈川芸術劇場

剛くんの新作舞台、『アルトゥロ・ウイの興隆』を観てきました。

 

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心のふるさと、KAATです。マンマの看板がまぶしい。
(ちなみに半年ぶりのKAAT、ワインがまた値下がりしました。ヤッタネ!)

 

 

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『パリのアメリカ人』の見所はバレエだけじゃない 2019/7/21M @神奈川芸術劇場

シアターオーブの公演以来、初めてKAATで『パリのアメリカ人』を観劇してきました。


四季の演目はロングラン中心なので余程人気がある演目を除くと、段々と空席が目立つようになるのは仕方がないとは思うけども、それにしてもパリアメは空席が多くて少し寂しさを覚えます。
KAATは劇場としては大好きだけど、正直東横線ユーザー以外が通うには至極辺鄙な立地だと思うんだよね。でもKAAT大好き。久しぶりに行ったらワインが値上がりしていて絶望しました。それでも好きだぜKAAT。ワインの値上げはやめろ。
話が脱線しましたが、このパリのアメリカ人という作品はディズニー作品のように作品自体の知名度があるわけじゃないし、ロイドウェバー作品のようにミュージカルとして圧倒的に有名なわけでもない。ジーン・ケリーが主人公を演じた映画版の『巴里のアメリカ人』はもう60年以上も前の作品で、多くの人にとっては名前を聞いたことがあるかないか程度の存在であるという、マイナー故のとっつきにくさも集客に繋がらない理由の一つかもしれないと思います。
それでも私はこの作品を四季が上演したことには意義があると思いたいし、浅利さんが大切にしてきた『生きる喜び』を舞台を通じて我々観客に届けたいという理念が根底に息づく素晴らしい作品だと考えています。


まあ何が悪いかっていえばキャッチコピーですよね。


『今度の劇団四季は、キュンとくる』


センスが迷子。わかりやすいキャッチコピーを狙いたいのはわかるんだけど、この軽いノリの「キュンとくる」を念頭に置いて本編を観ると思っていたより時代背景や各キャラクターが置かれている境遇が重すぎて「なんか思ってたのと違うな…」という感想を抱いた人もいることだろう。類似コピーにノートルダムの鐘の『今度の劇団四季は、グッと来る』もあります。鐘についてはもうひとつのコピーとも言える『愛は宿命を変えられるか』はオタクの心にはビンビンに響きそうなアレですが逆にオタク以外の人には重くてとっつきづらそう。つまり結局なんでもいいや。どんなキャッチコピーだろうと観る人は観るし観ない人は観ないわ。終了。




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しかしKAATはいい劇場。
またこの秋劇場仕様のキャスボが似合う。
マンマが楽しみですね!




◎『パリのアメリカ人』が教えてくれた「自分らしく生きること」の大切さ

この演目は主役2人からしてバレエダンサーが演じるゴリゴリのダンス演目で、ラスト20分は主役2人のパ・ド・ドゥと四季のレベルの高いダンサー陣による群舞によるバレエシーンが続く。このシーンを長いと感じるかどうかはそれぞれだと思うんだけど、私は物語というものが台詞はなくてもバレエだけで語ることができるんだというバレエ表現の可能性を単純に感じて、それだけでこのミュージカルは観る価値があると思った。あえてバレエではなくミュージカルというジャンルでそれをやったことも。

まあバレエについては正直「すげー」とかいう小学二年生男児のような感想しか出てこないので、この作品の一見単純な物語について少しだけ考えてみました。
この『パリのアメリカ人』という物語は終戦を迎えて長いドイツ軍の支配からようやく解放されたパリを舞台にして、新しい時代を必死に生き抜こうとする若者たちの物語です。
戦争を経験したことがない私が容易に想像できるものではないけど、常に死の恐怖が付きまとう暗く哀しい時代を耐え忍んで、いざ新しい時代を築いて行こうとする人たちが抱く感情はもちろんプラスの感情だけではないのだろうと思います。長年抑圧されてきた感情の行き先を見失う人もいれば、足を踏み出す方法すら忘れてしまった人もいる。誰もが持ちうる最低限の人間らしさを失わせる、それが戦争なのかもしれない。
戦後の混乱した時代のパリはもちろん決して華やかな街ではなかった。それでも少しずつ前に進もうとする人たちの夢に彩られた美しい世界観がこの作品のメッセージ性を強く主張しているように思えます。


主人公ジェリーは戦争帰りのアメリカ人で、画家になりたいという夢を叶えるためにアメリカに帰らずに芸術の都パリに人生を捧げることを決心した。下宿先を探して出会ったアダムは同じくアメリカ人の元軍人で、ピアニストとして生計を立てながら作曲家になることを夢見ている。アダムの友人でもある資産家の息子アンリはフランス人だが、ショービズの世界に憧れて厳格な両親に隠れて歌って踊れるショーマンを目指している。
アーティストの素質を持つ3人は直ぐに意気投合して友情を育むのだが、3人にはお互いも知らない共通点があった。同じ女性リズを愛してしまったのだ。
ヒロインであるリズはどこか謎めいていて人目を引く存在なのだけど、その理由は物語が進むにつれて明らかになっていく。戦時中ずっと隠れて生きてきた彼女は抑圧された環境下で本来の自分を解放することに怯えており、ダンサーとしての才能を開花する機会を模索しているがなかなか思うようにはいかない。
偶然道端で出会った等身大のリズに一目ぼれしたジェリー。生き生きとバレエを踊るアーティストとしてのリズに惹かれたアダム。ユダヤ人であるが故に隠れなければ生きていけなかったリズを匿ううちに愛が芽生えていったアンリ。三者三様の愛がそこにはある。

私はアンリが大好きだけど、アンリとリズは運命の相手じゃなかったのは一目瞭然だと思う。何故ならアンリが愛していたのは本当のリズではないから。アンリと結婚したらリズは永遠に「逃れて隠れ続けてきた戦争の暗い記憶」を引きずったまま生きて行くことになったと思うし、アンリはそれに耐えられないと思うから。
そしてもう一人、アダムはリズに最後まで恋心を告げることはない。それはきっと彼が彼女の才能を愛していたからだと思う。告げる必要がない恋なんですよね。だから自分の芸術の中に彼女を置いておくことで彼の恋は成就したんだと考えている。



そう考えるとリズが自分らしくいられる場所を与えてくれたジェリーと結ばれるのは必然であり、運命でもあったんだね。



戦争に限らず、人間は誰しも多かれ少なかれ心に傷を負って生きていると思います。
その傷を隠して生きていくか、それとも乗り越えて生きていくか…どんな行動を取るのかはその人自身が選択するほかはないけれど、もし自分の可能性を示してくれる人に出会えたらそれは最高に幸せなことなのかもしれません。




◎アンリがいいやつすぎてつらい

普通に考えて、アンリがいいやつすぎる。
アンリをいいやつにしすぎてジェリーのポジティブさがKYに変換されがちなのは、この物語のちょっとした欠点かもしれないです。


なかなかリズとの結婚に踏み切れないアンリは両親にゲイではないかと疑われていて気に病んでいるので、ジェリーに冗談で「お嬢さんたち」と言われて酷く激昂するシーンがある。
オフステージトークのレポをどこかでちらっと読んだらアンリの中の人である小林さんが「アンリの設定はゲイでもいいしストレートでもいいと言われた」と仰っていたそう。要するにそういう直接的な表現は出てこないので演者の役作りに委ねられた設定だということらしい。
この作品が現代の物語で、たとえばNetflixかなんかでドラマ化されることになったらおそらくアンリはLGBTの設定で固定されてしまうかもしれないけど、私はそこは正直重要ではないと思っているので、アンリの性的志向が何であっても「リズを愛していると思おうとしていた」可能性はあるし、「本当にリズを愛していた」ようにも思えるし、その部分は永遠にわからなくてもかまいません。アンリが本当に優しい人であることは彼の行動から痛いほど伝わるので、そんな優しい彼がリズが本来の彼女らしさを失ったまま自分と結婚することを見過ごせるはずがないから。ただアンリもリズと同じで、正しいことをしても評価してもらえない時代の中で隠れて正しいことをしてきたけれどそれが彼の心の重荷となっている一面があって、両親と同じく世間体を気にして生きていくことに縛られてしまっていた。彼が自分の本心を誰かにぶちまけて、やりたいことを隠さずに生きてもいいんだと、そういう時代が訪れつつあるということだけでアンリの未来は希望に満ち溢れているんじゃないだろうか。





◎アダムがいなければすべては始まらなかった

ジェリーの奔放さと自分の心に従う生き方は周りの人たちに大きな影響を与えて成長させる存在となった。
でもこの物語で一番運命を大きく動かした存在はアダムだと思う。アダムは登場人物の一人であると同時にストーリーテラーとしての役割も担う珍しい存在。

アダムがジェリーとアンリを引き合わせた。
アダムがジェリーをバレエのオーディションに連れて行ったからジェリーとリズは再会した。
アダムがオーデに遅刻したリズにそのまま踊るように説得して彼女が見出されるきっかけを作った。
アダムがずっと隠していたアンリの本心を引き出して、彼を相棒だと言ってくれた。
アダムが『パリのアメリカ人』という曲を作った。


リズはジェリーと一緒に過ごす時だけ自分らしくいられたし、マイロはジェリーに「お金では買えない愛」を教えてもらったし、ジェリーのがむしゃら過ぎる気持ちにアンリは初めて強く感情を剥き出しにした。
だけどその動機を作ってくれたのは全てアダムで、アダムがいなければこの物語は始まることすらなかったのだ。
リズは自分の才能が見出されるきっかけを作ってくれたアダムを『あなたは私のパリのアメリカ人』と評したけど、それだけじゃない。この物語に出てくる全ての人にとって、アダムは『パリのアメリカ人』の象徴なのだと思う。アダムが語り部である理由はそこにあって、ジェリーを主人公にした物語を彼は語ったけれど、その物語を形作ったのは語り部であるアダムに他ならないということなんだよね。
アンリの夢でもあるラジオシティーの妄想の世界でアダムが一緒にタップに参加するのも、アンリにとってアダムは自分をこの場所に導いてくれた存在だからかなと思う。アダムの芸術の中にはリズがいるけれど、アンリの芸術の中にいたのはアダムなんだな。



◎マイロに幸せになってもらい隊

芸術を愛する彼女はパリで自分の身の置き場所を探していて、新米画家であるジェリーを支援するうちに段々惹かれていく。
お金で何でも手に入れることができると思っているけれど一番ほしいものは愛情であることに気付いていないお嬢様というわりとありがちながらオタク心をくすぐるキャラクターでありながら、オタクなのでめちゃめちゃくすぐられたわけである。唯一戦争とは無縁である彼女は現代の人間らしい感情を共有できるキャラであるのかも。

マイロについては、中の人である愛ちゃんのインタビューが全てであって読んでいるだけで泣けてきます(脆い)

www.musicaltheaterjapan.com



私はカプ厨なので、軽率に男女の間にエモい感情が芽生えるとくっついてもいいんじゃない?とか言い始めるのだけど、アンリとマイロのカップリングはありよりのありである。ていうか魔法にかけられてエドワードとナンシーに似てません????(10年くらい前までの)ディズニー映画ならくっついてたぞ☆今のディズニーじゃ無理だな



◎その他
酒井ジェリーは開幕から比べてすごく演技が良くなったと思う。
ジェリーは前述したけれど他のキャラクターに比べて非常識に見えてしまいがちなこともあって、「どうして彼はひたすらポジティブに生きているのか」という理由が戦争によって彼が経験した悲惨な記憶とリンクしているのだと理解できるような演技をするのって相当大変なんじゃないかなと思うし、その部分はやっぱり松島さんがダントツに上手だしジェリーの行動原理が手に取るように伝わるよね。でも新しい時代を希望と共に突き進んでいこうという強い意志を酒井ジェリーのダンスからも演技からも感じるようになって、ジェリーは希望の象徴でもあるんだなと今回思いました。
唯アンリは「お坊ちゃんぽさ」と「人の良さ」がぐんと突き抜けてて好きです。前から思っていたけど唯くんは育ちがよさそうな演技がとても上手だと思う。スキンブルをやってください。

私がミュージカルに求めるものと『エリザベート』 2019/6/27S @帝国劇場

 

すごいどうでもいい話をしますが、もしこのミュージカルの日本版をやるとしたら『淀』とかになるんでしょうか。お茶々様の人生はシシィ以上に波乱万丈で近しい人たちが死にまくっているのでトートも大喜びだと思います。トートのビジュアルはたぶん信長みたいになる。その場合秀吉=フランツ、ねね=ゾフィー、秀頼=ルドルフみたいな雰囲気になるんでしょうか。


フランツっぽい秀吉…嫌だな…(直球)


エリザベートは実はミュージカルとしてはわりとマイナーだと思います。日本ではお耽美系が受けるのかもしれません。

 

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◎よくわかる『エリザベート』のキャラクターしょうかい

エリザベート
主人公。
通称シシィ。
自由を愛する万年ダイエッター。

 

トート
シシィに愛されたがるビジュアル系の変態。
すぐに死ねばいいとか言ってくる。
教育に良くない。

 
 
フランツ
シシィの旦那にしてオーストリア皇帝。
うたれよわい。
アル中にはならない。

 

ゾフィー
フランツのママ。
嫁をいびろうとしたけど嫁の方が上手だった。
かわいそう。

 

ルドルフ
シシィとフランツの息子。
子供の頃はかわいかった。
母の代わりにトートとランデブーする。

 

ルキーニ
語り部っぽいイタリア人。
あまりイタリア人ぽくない。
たぶんミラニスタ

 


私がエリザベートを初めて観たのは2012年で、それから今日に至るまで数回しか観ていないのですが、キャラクターも演出も物語もあまり好みじゃなくて、大体闇広のあたりで意識が飛んで私の目の前に闇が広がるんだけど、今回は平方くんのおかげか最後まで眠くなりませんでした!!!

 

 

平方フランツの円盤出してくれたら買うよ!

 


平方くんは普段はあんなですが(語弊)、インタビューとかを読んで演じる役柄への解釈を聞くととても頭がいい人だなと思うし、どの役でも役に向き合う真摯な姿勢が滲み出ていて決して派手じゃないけどすごくいい俳優さんだと思うのです。宝塚程ではないとは言っても日本のエリザはシシィとトートの愛の物語という側面が強いのでフランツっていわば噛ませ役じゃないですか。だからこそどれだけ可哀想に見えるかって重要だと思うし、平方フランツは本当にものすごく可哀想な人だと思う。だってポテンシャルめっちゃ高いから。本当なら良き皇帝になれるポテンシャルがあるのにそれをさせてもらえなかったんだろうなと思える人間としての哀愁を感じさせてくれるフランツ、やっぱり平方くんの演技がとても好きです。

 

シシィは宝塚出身以外の人が演じる選択肢ってないんですかね…ないんだろうな…

 


ところで私にとってエリザはすごく理解するのが難しい作品で、あえて『主人公に共感させない』ようなキャラクター形成がなされているのが一番のめりこめない理由です。
私がミュージカルというエンターテイメントに対して『キャラクターの生きざまや物語の主題に共感できる』ことを求めてしまいがちなのはおそらく、普通の映画やドラマ等に比べてキャラクターの心情を吐露させやすい歌という最大の特徴があるからだと思う。なので好きな演目は最終的に『色々あるけど頑張って生きて行こう』みたいな話になりがちです。だから四季がチョイスする演目にハマりやすいんだけど(それはそれとしてスリルミーあたりは全く共感できないのに好きだけど…)
まあシシィには当然共感できないけれど、シシィが大好きなスミレの砂糖漬けは私も大好きです。ワインに浮かべたりするとハプスブルク気分になれるのでオススメ。ハプスブルク気分になることのメリットは特にはありません。

 

 

『王様と私』の来日公演を観てきました 2019/7/14S @シアターオーブ  

 
かの有名なユル・ブリンナーの映画版すら観たことないくらいこの作品に興味がなかったのですが、母が「世界のケン・ワナタベを観たい」とか超絶ミーハーなことを言うのでついでに私の分もチケットを取りました。結論から言えばまあ観てよかった。
しかし座るたびに思うけれどオーブの三階席は本当にくそだな。あの座席に出せるのは4000円までです。本当なら1500円くらいで充分だと思うけどまあそれは無理なので。この公演ですか?9000円でした!!!!!!!!1
 
 

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色々なグッズが売っていましたが微妙にダサかったので手を出しませんでした。あとパンフレットがクソ高い。せめて2000円までにしてくれ。
 

舞台版アラジン強火オタクによる実写版アラジンの感想。


ガイリチ…ほんと…なんで…どうして……(今際の言葉)


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とりあえず公開初日に吹替版観て、先日もまた吹替版観てきました。
次は字幕観ます(どれだけ観るの???)










※ このエントリはガイ・リッチー監督のディズニー実写版『アラジン』に対するネガティブなコメントが山のように森のように沼のように多めなので注意してください。


なおかつ、ミラクルハイパーアルティメットネタバレしてます。

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